警察犬への攻撃が犯罪として罰せられる「フィンズ・ロー」の話
2016年10月、イギリスでタクシー強盗が発生しました。犯人は運転手に拳銃を突きつけ強盗をはたらいたということです。
現場に駆けつけた警察官のウォーデルさんと警察犬のフィンはこの犯人を捕らえようとしました。 しかし犯人は持っていた凶器でウォーデルさんとフィンに襲い掛かり、警官も犬も刃物で刺されてしまったのです。
ウォーデルさんは手を刺されました。 しかし犯人がウォーデルさんをナイフで刺そうとしたとき、フィンが犯人の手に噛みついて阻止してくれたおかげで、それ以上のケガを負わずに済みました。
一方フィンは胸と頭を刺されてしまいました。 フィンはそんな状態でも、応援の警察官たちが駆けつけるまで犯人を放そうとしませんでした。
犯人逮捕後フィンは病院に運ばれましたが、傷はひどい状態でした。
胸の刺し傷が肺にまで達していたため、フィンは助からないだろうと思われていました。
しかし緊急手術を受け一命をとりとめたのです。
そして奇跡的に回復し、なんと11日後には警察犬としての仕事に復帰することが出来たそうです。
【警察犬は「モノと同じ」扱い】
警察犬など、業務に携わる動物たちを殺害したり傷つけたりした場合に適用される罪としては、事実上「器物損壊罪」しかありません。つまり、1頭の動物に対する罪ではなく、人の所有物を壊した罪として扱われることになります。
警察犬に対する犯人からの攻撃は珍しくないにもかかわらず、適用される法律が限られているため、起訴される事件は数少ないままです。
イギリスの検察庁も、器物損壊罪での起訴はあまり行わない傾向にあります。警察犬が仕事でケガを負ったのか、他人によって意図的に危害を加えられたのかを証明することが難しいため、というのがその理由です。
また刑法とは別に、動物保護法でも動物に対する攻撃は当然のことながら禁止されています。しかし現行の動物保護法では訓練された警察犬などは考慮に入れて作られていないため、こちらも適用することが難しいのです。
ウォーデルさんの命が助かったのはフィンのおかげでした。 しかしこの事件の犯人は、ウォーデルさんについては「傷害罪」で起訴された一方、フィンについては「器物損壊罪」が適用されただけだったのです。
フィンの命を奪う可能性のあった重大な傷害だったにもかかわらず、法廷では器物損壊罪よりも重い刑を科す判決を下すことはできない、とされてしまいました。
「動物たちは人の所有物としてみなされてしまっています」とウォーデルさんは語っています。 「フィンは植木鉢や窓などではありません。そんな扱いを受けるべきではないのです」。
【フィンズ・ローの成立】
それ以来、ウォーデルさんはイギリスの動物保護法「Animal Welfare Act」の改正を訴える活動を続けてきました。 そして地元選出の国会議員によって、この動物保護法改正案を議会に持ち込んでもらうことに成功しました。
この活動から、警察犬の保護強化を目指すこの法案は「Finn’s Law」(フィンの法案)と呼ばれるようになりました。
フィンズ・ローは2019年2月、イギリスの下院(庶民院)を通過。そして4月8日、上院(貴族院)で可決され、女王からの勅許を得ることが出来ました。
2016年10月以来、足掛け2年半の活動が実った形になります。
今でもイギリスでは警官が馬に乗って街中をパトロールしているのを見かけます。 警察犬だけでなく、こうした馬に対して危害を加える行為が行われた場合でも、「人の所有物を壊した」という扱いではなく、動物そのものに対する犯罪として罰せられることになるのです。
フィンは2017年3月で警察犬を引退し、現在はウォーデルさんの家族と一緒に暮らしています。
なお、フィンズ・ローはイギリスの中でもイングランドとウェールズで適用される法律ですが、スコットランドについても同じ趣旨の法案が議会に持ち込まれると見られています。 北アイルランドではこの法案への協力を訴える活動が続けられている最中で、議会の議題になるという具体的な話はまだないようです。
出典:
・Finn's Law: Stabbed police dog law given Royal Assent - BBC News
・Police dog Finn: The attack that almost killed a 'hero' - BBC News