類人猿とサルの睡眠スタイルの違い
オランウータンが寝ている様子は、大きなオレンジ色の赤ちゃんがかわいらしくウトウトしているのを見ている感じがします。
オランウータンはベッドに入り、夜に長く深い眠りに落ち、その間ときどき彼らの目はまぶたの裏で動いています。おそらくつかの間の夢を見ているのでしょう。
ヒヒが寝ている様子は、脅迫症にかかった小柄な人が何とか目を閉じようともがいているのを見ている感じがします。
ヒヒはぐっすり眠りません。背筋を伸ばして座り、お尻の上でバランスを取り、頭の中は動いており、何者かが自分の後ろにいないかずっと心配しているのです。
これはある重要な問題を提起しています。なぜオランウータンはぐっすり眠れる一方、その霊長目の親戚であるヒヒはイライラしながら夜の休暇を乗り越えなければいけないのでしょうか?
動物学者たちの研究により分かってきていることは、この違いは私たちの進化の歴史に深く根を下ろしているということです。
ヒトを含めた類人猿がどのように現在の状態まで進化してきたのか、そしてどうしてヒトはベッドに入って寝たがるのか、と言うことの説明となることが分かってきています。
米ノースカロライナ州デューク大学の文化人類学者は、「ようやく近年になって、睡眠がヒトの進化の過程で重要な要素であった可能性が出てきました」と語っています。
しかし生物学者たちは、睡眠がヒトの進化にどのような影響を与えてきたか、ほとんど研究をしていませんでした。
そこで米インディアナ大学の学者たちは、この研究に取り掛かることにしたのです。
彼らはオランウータンとヒヒを選びました。
この2種類の大型の類人猿は、どうしてその睡眠にこれほどの違いがあるのでしょうか?
学者たちは1~5ヶ月間に渡り、5匹のオランウータンと12匹のヒヒをビデオで録画し続けました。
それぞれが寝ているときの身体の位置、動かし方を観察し、起きている時間と寝ている時間を記録して睡眠パターンを把握、さらに睡眠時間が細切れかどうか、を調査しました。
レム睡眠(浅い眠り)とノン・レム睡眠(深い眠り)をの長さを測定し、脳の動きも観察しました。ヒトの場合は、レム睡眠が夢と関係しています。
その結果、オランウータンのほうがヒヒよりも、長く深く眠っていることが分かりました。つまり、ふつうのサルよりも大型の霊長類のほうがよく眠る、と言うことを示唆しています。
その理由は、もっと興味深いものでした。
今日まで調査されてきた大型の霊長類は、寝るための台を自分で作る習性があることがわかっています。
ゴリラ、オランウータン、チンパンジー、ボノボなどは木の上に寝る台を作ります。ちょうどヒトがベッドを用意するのと同じです。
しかし他のどんな類人猿もこのような習性は持っていません。
小型の類人猿であるテナガザルは寝る台を作りませんし、ヒヒもやはり作りません。
ほとんどのサルは木の枝の上に腰を下ろし、バランスをとり、背を伸ばした状態で寝るのです。
この睡眠スタイルの違いが、ぐっすり眠っているかどうかの違いの原因なのです。
今回観察対象となったオランウータンは、リラックスし、寝転がり、仰向けになったりうつ伏せになったりするのを楽しんでいました。
一方ヒヒは、背を伸ばしてすわり、いつも身構えている状態で眠っていたのです。
ヒヒがこのようにして眠っているときは、皮膚が厚く硬くなったピンク色のお尻に座っているのです。
この睡眠スタイルの違いが、ヒトを含めた大型類人猿の進化に大きな役割を果たしてきたかもしれないのです。
今から1400~1800年前に、今の類人猿の共通の祖先が、木の枝に座って眠るスタイルから、寝る台を作ってそこに寝るというスタイルに乗り換えた、と考えられています。
中新世(2300年前~5百年前まで)の間に、類人猿はどんどん体が大きくなってゆきました。そのため、自分の身体の大きさや重さを支えるため、寝る台を作り始めた可能性が高いのです。
寝る台を作ることで、木の中で安全に眠り、また肉食動物や血を吸う虫などを避けることが出来たのです。
ベッドの上で寝ることにより、さらもう一つ進化の過程で有利に働くことがありました。類人猿はより深く眠ることが出来るため、より深いノンレム睡眠を得ることが出来たのです。
この深い眠りは記憶の統合など、思考能力の発達に役立ったと考えられています。